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  • 2016.05.03 Tuesday
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評価:
夏目 漱石
集英社
¥ 432
(1992-12)
Amazonランキング: 108442位

評価:
夏目 漱石
新潮社
---
(1950)
Amazonランキング: 477737位

JUGEMテーマ:最近読んだ本

「死んだら、埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って」そう言い残して逝った女の墓の傍で、男は百年待った…。不可思議な幻を紡ぐ「夢十夜」そして、美しさを追い、心のやすらぎを求めた「草枕」。絵画的で詩情あふれる文章の中に“理智の人・漱石”の側面をも覗かせる名作。


(「BOOK」データベースより)

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 
『草枕』の有名な書き出しである。
読んだことがなくとも、この冒頭を一度は目に(もしくは耳に)したことがあるのではないだろうか。
 
−漱石は健全を通り越して立派すぎた。威厳さえあった。そういう存在は、子どもにとって実は困ったものであった。それはまるで当時のぼくらの回りにいた、大人たちの姿そのものだったのだから。
 
巻末で大林宣彦氏がこう書いているように、私も漱石を同じように敬遠していた一人だった。回りにいた子ども達と比べ、多少は本を読んでいた私も例にもれず、親や学校の先生から夏目漱石を進められた。しかし、「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」を読んでみるもまったく面白くなく、ただ字面を追うだけで、ついには読むのを断念してしまった。どれだけ読んでも、とにかくつまらない。その上、夏目漱石先生は、品行方正で立派すぎる。そんなイメージが重くのしかかってくるようで、本当に本当に苦手だった。
小学生ながらに生意気にも「読書好き」を自負していただけにこの経験は尋常ではなく、何度か読み返してみようとしたが、結局最後まで読み切ることができなかった。子どもの頃の私は、世の中にはつまらなく読み切ることができない小説が存在することを漱石に学んだ。そして、これ以降、夏目漱石の敬遠と積読ライフが始まるのである。
 
長い間、敬遠していた漱石を再び手にしたのは、なんと大学時代だった。普通なら高校生ぐらいにはなんとか克服するのだろうが、本当に苦手だったのだ。
必修科目だったため、単位を落とすことはできない。平素からあまり真面目な学生ではなかった私は、試験直前に必死で読み込まなければならなかった。それが、この『草枕』である。
本は仲のよかった先輩から譲り受け(たくさんの書き込みがしてあり、本当に助かった)、優秀な友人からノートもコピーさせてもらい、その甲斐あって、試験は「優」の評価をもらった。そして、周囲の友人たちを大いに驚かせた。
 
読んでみると、意外に読みやすい。最初の芸術論さえ読み切れば、会話文も軽快で面白い。話の筋さえ面白い。なぜ今まで読まなかったんだろう、という程面白い。ついでに一緒に監修されている「夢十夜」も読んでみた。こちらは十篇の短編で、これまた眼前に映像が映るかのように鮮明に描かれている。
 
そんな、私にとっていわくつきの『草枕』を読み返してみた。本はもちろん先輩のお古である。
大学時代より、更に面白く読めた気がする。当時は試験項目だったので、愉しみながら読むことはできなかったせいか、二十歳そこそこの頃より、もう少し色んなものをみてきたせいか。
『草枕』というと冒頭の文章が有名だが、私が気に入ったのは、深山椿の描写である。夏目漱石とは、かように美しい文章を書く人だったか、と少し驚いた。よく読まれる方なら到底ご存じだとは思うが、私の中では、やはり偉大な漱石先生が占めていたので、このような「言葉を紡ぐ」イメージはまったくなかったのである。
とても気に入っているので、少し長いがその一部を引用してみたい。
 
 
あれほど人を騙す花はない。余は深山椿を見るたびにいつでも妖女の姿を連想する。黒い眼で人を釣り寄せて、しらぬ間に、嫣然たる毒を血管に吹く。欺かれたと悟った頃はすでに遅い。向う側の椿が眼に入った時、余は、ええ、見なければよかったと思った。あの花の色はただの赤ではない。眼を醒すほどの派手やかさの奥に、言うに言われぬ沈んだ調子を持っている。悄然として萎れる雨中の梨花には、ただ憐れな感じがする。冷ややかに艶なる月下の海棠には、ただ愛らしい気持ちがある。椿の沈んでいるのはまったく違う。黒ずんだ、毒気のある、恐ろし味を帯びた調子である。この調子を底に持って上部はどこまでも派手に装っている。しかも人に媚びる態もなければ、ことさらに人を招く様子も見えぬ。ぱっと咲き、ぽたりと落ち、ぽたりと落ち、ぱっと咲いて、幾百年の星霜を、人目にかからぬ山陰に落ち付き払って暮らしている。ただ一眼見たが最後!見た人は彼女の魔力から金輪際、免るることはできない。あの色はただの赤ではない。屠られたる囚人の血が、自ずから人の眼を惹いて、自ずから人の心を不快にするごとく一種異様な赤である。
 

作中、海棠や木蓮、菫など、様々な花の描写があるが、この深山椿の描写は非常に長く、不気味に描かれている。
この小説には、いくつかキーワードが散りばめられていて、上に挙げた「椿」もそのひとつだ。ミレーのオフェリア(この絵を初めて見たときはぎょっとした。一度見ると忘れられない絵だと思う)や「春」という妖しい季節もそうだろう。それから、「非人情」という概念。主人公はこの旅で、非人情を心がけながら、「憐れ」の感情を探しているのである。那美さんの顔に「憐れ」が宿る場面は、非人情とは程遠く、それもまた面白い。
抽象的な概念、自然の描写、そして軽快な会話が、章ごとに入れ代わり立ち代わり描かれている。注釈が多い小説だが、美しく、面白い小説である。これでは、大人たちが勧めるのも無理はない。
 
さて、もう一箇所気に入ったところがあるので、そちらも紹介したい。
 
五年も十年も人の臀に探偵をつけて、人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思ってる。そうして人の前に出て来て、お前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬことを教える。前に出て言うなら、それも参考にして、やらんでもないが、後ろのほうから、お前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと言う。(中略)そうしてそれが処世の方針だと言う。方針は人々勝手である。ただひったひったと言わずに黙って方針を立てるがいい。人の邪魔になる方針は差し控えるのが礼儀だ。

 
『草枕』が刊行されたのは明治39年なので、既に100年以上前のことだが、上の引用は現代にも通ずるものだと思う。インターネット上の「私刑」などは、まさにここに書かれてある通りではないだろうか。この引用部分の後で、和尚との話の噛み合わない会話の中に「かまわんがな。すましていたら。」とある。これもまた真理である。


*********************

以前、インターネット上のどこかで、「漱石のような古典」と書かれているのを目にした。私は、古典とは近世以前のもの、近代以降の有名どころはスタンダードだと認識していたが、なるほど既に漱石も鴎外も古典になるらしい。その辺の線引きはどうでもよいが、100年以上の年月が経っても、読むものに感動と共感を与えている漱石は、やはり素晴らしい小説を書いたのだということは間違いない。

ちなみに、私が所持しているものは集英社文庫のものだが、個人的には新潮文庫の方が好みなので、二つにリンクを貼っておく。
集英社のものは、カバーのイラストが変わってしまったようである。
 
 
夢に現れた無意識の世界を綴る「夢十夜」。美しい春の日、青年画家と謎の美女との出会いを描く「草枕」。漱石の東洋的ロマンティシズムの世界を伝える名作。(解説・平岡敏夫/鑑賞・大林宣彦)
(集英社)

評価:
谷崎 潤一郎
新潮社
¥ 594
(1955-11-01)
Amazonランキング: 5236位

評価:
谷崎 潤一郎
新潮社
¥ 680
(1955-11-01)
Amazonランキング: 8909位

評価:
谷崎 潤一郎
新潮社
¥ 767
(1955-11-01)
Amazonランキング: 9110位

【内容紹介】

大阪船場に古いのれんを誇る蒔岡家の四人姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子が織りなす人間模様のなかに、昭和十年代の関西の上流社会の生活のありさまを四季折々に描き込んだ絢爛たる小説絵巻。三女の雪子は姉妹のうちで一番の美人なのだが、縁談がまとまらず、三十をすぎていまだに独身でいる。幸子夫婦は心配して奔走するが、無口な雪子はどの男にも賛成せず、月日がたってゆく。



言わずもがな、谷崎潤一郎の代表作。
昭和初期、芦屋を舞台に穏やかに始まる物語。文体は極めてゆるやかで、この四姉妹の生活は以前から続いていたところをある日常から覗かせてもらっているような書き出しです。
彼女たちは当時の上流階級に生きていますが、特別な感じは見られず、嫌みがないのも、彼女たちの生活が真のものだからではないかと思います。
ストーリーは、次女幸子を中心に三女雪子の縁談をなんとかまとめるよう進んでいきます。その間、色々な事件が起こり、日常の何気ないエピソードが添えられ、またその生活の中に人間関係での細やかな心情が描かれています。
また、季節感や描写が素晴らしく、本当に色鮮やかな作品です。

この姉妹は、若々しく、よく似ているところもあるのですが、それぞれの立場のせいか性格は個性豊かです。特に下の二人、雪子と妙子は真逆と言ってもいいほど対照的で、こいさんの奔放ぶりにはほとほと手を焼くばかり。それでも姉妹は仲が良く、袂を分かつことはないのだろう、と幸子の夫・貞之助も見ています。自然とこの二人の性格について語られることが多いのですが、私は個人的には幸子が一番好きです。少しおっとりしているけれど、がんばり屋で優しく、見栄を張りたいときもあり、かと言って強くもなく気落ちすることも度々。。とても可愛らしい女性だと思います。

後半になってくると、戦況も反映してか次第に雲行きが怪しくなってきますが、物語は悲観せず、いつもの日常が淡々と過ぎていきます。
いよいよ雪子の縁談がまとまりそう!という時に、また大きな問題を抱え、このままどうなっていくんだろう?とハラハラしながら読み終える、といった感じでしょうか。
かなりの長編で文字数も多く、一般に「優美だ」と称えられている文章の一文一文はとても長く、描かれている内容は姉妹の他愛もない生活。これだけで読む人を淘汰する作品かもしれませんが、読み始めてみるとあっという間に世界に引き込まれてしまいます。
他のレビューでも散見する「優美」「豪華絢爛」といった言葉は、それをどんなにここで訴えても、この小説を読んでこそ味わえるものだと思います。また、この当時ならではの会話や習慣も見どころの一つです。
注)が多いのですが、それも含め、じっくりと世界に浸って読んでほしい作品です。

 

評価:
辻 仁成
文藝春秋
¥ 480
(2000-08)
Amazonランキング: 33776位
Amazonおすすめ度:

 筑後川下流の島に生まれた稔は発明好きで戦前は刀鍛冶、戦中は鉄砲修理、戦後は海苔の加工機製造などをしてきたが、戦死した兵隊や亡き初恋の人、友達、家族の魂の癒しのため島中の墓の骨を集めて白仏を造ろうと思い立つ。明治大正昭和を生きた祖父を描く芥川賞受賞第一作。1999年仏・フェミナ賞外国文学賞を日本人初受賞。
(「BOOK」データベースより)



福岡県大川市筑後川の最下流に大野島という島(厳密には北半分が大野島、南半分が大詫間(佐賀県))がある。島の真ん中あたりに勝楽寺という寺があり、実際に島民の骨で作った白い骨仏が安置されている。丸い優しい姿をしており、元は立像の予定であったが、どういった経緯か坐像になったという。






著者の辻氏の祖父・今村豊氏をモデルに書かれた作品で、生死をテーマに主人公鉄砲屋江口稔の生涯が描かれている。
物語は、まさに主人公・稔の死の場面で始まり、近親者の死、初恋の人の死、親友たちの死などを経て、稔の目を、思考を(あるいは清美の口を)通して辻氏自身の生死観が綴られているように思う。
三島由紀夫は何十回も読んだという辻氏だが、この作品に表れている生死観は殊に三島の遺作『豊饒の海』を連想させる。命はどこから来たのか、死んだ者はどこへ行くのか。ふとしたときに過る懐かしい感じは何なのか。

死を意識しだした幼少期から戦時下を生きた青年期・壮年期・・晩年、骨仏を作るまで順を追って物語は進んでいく。
祖父をモデルに、とはいえ、細かいエピソードはオリジナルで描かれており、眼前にその情景が迫ってくるような力強い筆運びで、ぐいぐいと引き込まれていく。
台詞の大川弁もとてもリアルで、この「白仏」の世界観を大きく作り上げている。(九州にお住まいの方ならわかると思いますが、有明海周辺の方言が無理のない程度にうまく書かれているのです)
また、死を取り上げた作品であるが、決して重苦しくなく、淡々としているが、心に残るものがある。

正直(失礼とは存じますが)、驚くほど「正統派」な小説。
オシャレではないかもしれないが、辻文学を読む人には是非手にとってもらいたい作品である。

評価:
谷崎 潤一郎
新潮社
¥ 300
(1951-01)
Amazonランキング: 1875位
Amazonおすすめ度:

盲目美貌の三味線奏者春琴について記された「鵙屋春琴伝」という冊子を元に、第三者的視点によって書かれた物語。
春琴は幼少の頃、両眼の明を失った。得手としていた舞をやめ、糸竹の道を志す。
身の回りの世話をしていた奉公人の佐助は、やがて春琴の弟子になり、春琴が独立した後も生涯献身的に仕える。
生来の性分であるのか、春琴の稽古は厳しく、佐助が泣き出すこともしばしばであった。
ある日春琴は、何者かによって顔に熱湯を浴びせられ、その誇っていた美貌を失う。
彼女を慕っていた佐助は、そのただれた顔が見えないように目をついて盲目になる。


佐助が目をつく場面は、この物語の中でも妙に細かく書かれている。
(先端恐怖症の方は要注意!私は思い出しただけでも目がダルくなります)
第三者の視点から書かれているためか、この物語では人物の心情がほとんど書かれていない。
(実際は、谷崎が心情を事細かに記すのに疲れていたからでしょうか?)
書かれていても話し手の憶測の域を出ず、却ってそこにリアリティを感じるわけだが。
この佐助の行為は、描写によって心情が描かれているのであり、この小説の真髄であるといえよう。
また、事件を境に春琴の態度が丸くなるが、そういった現実から目を逸らすレトリックとしても受け取れる。


+++


ストーリーも然ることながら、春琴抄は文体が興味深い。
以下は、春琴の趣味の雲雀について書かれた場面である。


鶯に次いで愛したものは雲雀であった此の鳥は天に向って飛揚せんとする習性があり籠の裡にあっても常に高く舞い上がるので籠の形も縦に細長く造り三尺四尺五尺と云うような丈に達する。然れ共雲雀の声を真に賞美するには籠より放ってその姿の見えずなるまで空中に舞い上らせ、雲の奥深く分け入りながら啼く声を地上にあって聞くのである即ち雲切りの技を楽しむ。大抵雲雀は一定時間空中に留まった後再び元の籠へ舞い戻って来る空中に留まっている時間は十分及至二三十分であり長く留まっている程優秀な雲雀であるとされる故に雲雀の競技会の時には籠を一列に並べて置き同時に戸を開いて空へ放ちやり最後に戻って来たものを勝ちとする。


一読していただければわかると思うが、極端に改行、句読点を省いた文章である。
改行に関しては、場面の区切りに空行があるのみ。一文一文が長めに書かれており、通常であれば句点が必要な箇所であっても、句点は打たず、そのまま続けている場合も稀ではない。
決して読みづらい文章ではなく、句点の少ない流れるような筆遣いは朗読を聴いているようにすっと入ってくる。
言葉がとても美しく、春琴の容貌を表現するのに最適な文章であると思う。
時折り織り成される船場言葉も趣がある。


耽美主義を表した美しい小説である。


評価:
島内 景二
新潮社
¥ 735
(2008-10)
Amazonランキング: 20721位
Amazonおすすめ度:
先日も書きましたが、今年は源氏物語千年紀ということで、ジュンク堂さんの話題の本のコーナーにこんな本が並んでいました。
「源氏物語ものがたり」
藤原定家・四辻善成・一条兼良・宗祇・三条西実隆・細川幽斎・北村季吟・本居宣長・アーサー=ウェイリー
源氏物語そのものではなくて、源氏物語を愛した9人の人間のものがたりです。
・・・というと、なにやら堅苦しい本かと思われますが、決して難しい本ではありません。
それぞれの研究者たちの偉業をさらっと各章にまとめられていて、その文章も柔らかく、とても読みやすいです。
時代を追って書かれているので、千年後の今に伝わる「源氏物語」という物語がどのような遍歴を送ってきたのかが見渡せます。
きっと、この本の軸となっている源氏物語を読んでみたくなるのではないでしょうか。


 内容(「BOOK」データベースより)
いつ書き始められ、いつ書き終わったのかもわからない。作者の本名も生没年もわからない。それなのに、なぜ源氏物語は千年もの長きにわたって、読者を惹きつけてきたのか?本文を確定した藤原定家、モデルを突き止めた四辻善成、戦乱の時代に平和を願った宗祇、大衆化に成功した北村季吟、「もののあはれ」を発見した本居宣長…。源氏物語に取り憑かれて、その謎解きに挑んだ九人の男たちの「ものがたり」。


+++

「源氏物語」と聞くと、おおよその人は高校時代の古文の授業、あの退屈でツマラナイ、昔の言葉なんて今更勉強して何になるんだろう、という眠たい時間を思い出すのでしょうか。
残念なことです。
事実、私もあの時間はつまらなかった。
いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めきたまひけるありけり。。
伊勢物語や説話の方が面白かった。
きっと、話が短くて理解しやすかったのだと思います。
そして、受身な体勢でいて、自分から読もうとしていなかったのでしょう。
しかし、それでも源氏物語は魅力的です。
できることなら自分の力で読んでみたいと思うほど。
自分でもちゃんと読んでいないけれど、源氏物語は読み継がれなければならない物語だと思うのです。


この本は、目次が素敵です。
なにやら気になって早く読みたいと気持ちが急くのです。


[目次]
第1章 紫式部―すべては謎の覆面作者から始まった
第2章 藤原定家―やまと言葉の美しい本文を確定
第3章 四辻善成―古語の意味を解明し、モデルを特定
第4章 一条兼良―五百年に一人の天才による分類術
第5章 宗祇―乱世に流されず、平和な時代を作るために
第6章 三条西実隆―鑑賞の鋭さと深さで人間の心を見抜く
第7章 細川幽斎―源氏が描く理想の政道のあり方を実践
第8章 北村季吟―本文付きの画期的注釈書で大衆化に成功
第9章 本居宣長―先人の成果に異議を唱え、「もののあはれ」を発見
第10章 アーサー・ウェイリー―美しい英語訳で世界文学に押し上げる
おわりに 紫式部との対話



それぞれの章については、とても簡潔でわかりやすいものでした。
ただ、たとえ話が多くひとりよがりな印象を受けたので★★★☆☆。
そして、どうしても物足りなかった!
しかし、源氏物語導入としては充分な内容になっています。

評価:
坂口 安吾
新潮社
¥ 420
(1986-12)
Amazonおすすめ度:
「怖れるな。そして、俺から離れるな」

先に読んだ伊坂幸太郎の「ラッシュライフ」にこの引用を見つけ、懐かしくなり読み返してみた。
安吾といえば、学生のころ、本書にも収録されている「青鬼の褌を洗う女」を研究テーマにしていた後輩を思い出す。
ゼミでは、簡単な発表の時間を設けられていた。
彼女の発表は「『白痴』という美しい小説がある」という文言で始まった。
この第一声が大変印象的で、今でも脳裏に焼きついている。
「美しい小説」?
安吾は美文を嫌い、努めて悪文を綴ったが、「美しい小説」と評される所以は一体何であろうか。
しかし、今読み返してみても、やはり「白痴」は美しいのである。


彼は見た。白痴の顔を。虚空をつかむその絶望の苦悶を。
 ああ人間には理智がある。如何なる時にも尚いくらかの抑制や抵抗は影をとどめているものだ。その影ほどの理智も抑制も抵抗もないということが、これほどあさましいものだとは! 女の顔と全身にただ死の窓へひらかれた恐怖と苦悶が凝りついていた。
―※1


その頷きは稚拙であったが、伊沢は感動のために狂いそうになるのであった。ああ、長い長い幾たびかの恐怖の時間、夜昼の爆撃の下に於て、女が表した始めての意志であり、ただ一度の答えであった。そのいじらしさに伊沢は逆上しそうであった。今こそ人間を抱きしめており、その抱きしめている人間に、無限の誇りをもつのであった。―※2


二人の人間だけが――けれども女は矢張りただ一つの肉塊にすぎないではないか。女はぐっすりねむっていた。凡(すべ)ての人々が今焼跡の煙の中を歩いている。全ての人々が家を失い、そして皆な歩いている。眠りのことを考えてすらいないであろう。今眠ることができるのは、死んだ人間とこの女だけだ。死んだ人間は再び目覚めることがないが、この女はやがて目覚め、そして目覚めることによって眠りこけた肉塊に何物を附け加えることも有り得ないのだ。女は微(かす)かであるが今まで聞き覚えのない鼾(いびき)声をたてていた。それは豚の鳴声に似ていた。まったくこの女自体が豚そのものだと伊沢は思った。―※3


「白痴美」という言葉があるが、文字通りここに登場する白痴は美貌の持ち主である。

※1―3に引用したように、伊沢の心理は表情を変える。
白痴は、ただ肉体であり、しかし人間でもあり、やはり肉塊それだけなのであると考える。
人間は、理知や感情によって汚れるが、理知も感情も持ち合わせていない人間の形をした肉塊もまた豚のように浅ましい存在なのだろうか。
しかし、伊沢は確かに白痴に心を動かされたのである。


以下は、※2の直前に置かれている本小説のクライマックスの一部である。
主人公、伊沢の描写は、この直後の※2になるが、以下の引用部分は、何時の時代も読む者の心を惹きつける名文である。


「死ぬ時は、こうして、二人一緒だよ。怖れるな。そして、俺から離れるな。火も爆弾も忘れて、おい俺達二人の一生の道はな、いつもこの道なのだよ。この道をただまっすぐ見つめて、俺の肩にすがりついてくるがいい。分ったね」女はごくんと頷いた。

力強い台詞。
人々は、生きようとする姿勢の中に美を見つけるのか、戦後の虚脱に影響を与えた。


同年、エッセイ「堕落論」を発表してる。

【収録作品】
・いずこへ
・白痴
・母の上京
・外套と青空
・私は海を抱いていたい
・戦争と一人の女
・青鬼の褌を洗う女



坂口安吾デジタルミュージアム

評価:
橋本 治
河出書房新社
¥ 578
(1998-04)
Amazonランキング: 31711位
Amazonおすすめ度:
上巻に引き続き”桃尻語訳”で飛ばしてます。
清少納言の筆ものってきて、学校で習う「枕草子」とは違う一面が見られます。
【註】ではくどいぐらい古典常識が語られていますが、中には「へえ・・」と思うことも書かれていてなかなか面白いです。
印象的だったのは、当時の女性の姿勢について。
例えば、こんな絵↓↓



くたっとしてどんな格好で座ってるんだろう。。
と思っていたのですが、寝そべっていたんですね!知らなかった...
しかも食事も腹ばいで(!)
十二単はやはり重たかったようです。

また、中宮定子のキャラがいい。
なにげに毒舌。
しかし、いやらしい言い方ではなく、自分というものをしっかり持っている人なんだろうな、、といった感じ。
このいじわるな様子もまた素敵!と定子を大絶賛する清少納言が少しかわいらしく思えてきます。


原文をそのまま口語訳しているので、【註】なしに理解するのは難しいです。
まるで会話文のようで、登場人物や話の前後、前提となる古典常識がわからないとまるでちんぷんかんぷん。
やはり、書かれていない言葉を補って意訳している方がわかりやすいと思いますが、清少納言が書いた「枕草子」はおそらく”桃尻語訳”の方が近いのではないでしょうか。
中巻は解説なしで下巻に続きます。

評価:
橋本 治
河出書房新社
¥ 683
(1998-04)
Amazonランキング: 15276位
Amazonおすすめ度:
ある意味古典!(笑)
文庫化の奇跡だと思うのです。。


高校時代に国語の先生(現代文の先生だった・・・)がしきりに薦めていた『桃尻語訳 枕草子』。「桃尻語」なる”現代語”訳で、『枕草子』に限らず、古典の現代語訳の中ではかなり有名な作品だと思います。
先日、読んでいた本の中でちらっと出てきたので思い出し、早速読んでみたのですが・・・、、これはかなりインパクトが強い。
有名な冒頭文

春って曙よ!
だんだん白くなってく山の上の空が少し明るくなって紫っぽい雲が細くたなびいてんの!


「春はあけぼの」というキャッチーなコピーには、「良い」とも「悪い」とも謳われていません。
本書の巻頭に、口語にこだわった理由なんかが書かれていますが、なるほど、興味深い。清少納言の文体は、口語そのものだというのです。「『  』と言へば、『  』と言へば〜」と延々つながっていったり、「今日の講師はかっこいい」など内容そのものがミーハーだったり。口語訳という発想がたいへん面白い。
そして、訳した当時の”現代語”がすでに”現代語”ではなくなってしまっている皮肉。
突然(本文に入る前から)「ナウい」なんて出てきて驚き、思わず出版年を確認してしまいました(笑)この本の出版年は1998年。ただし河出書房新社から1987年に出版された単行本の文庫化されたものです。

いくつかのレビューを拝見したところ、賛否両論あるようです。確かに、言葉が少し古くて読みづらいところもあります。現代のギャル語で書かれたもの(があるなら)も読んでみたいという意見もあるようです。しかし、個人的にはとても良いと思っています。バブリーな感じで(時代遅れ感も出しつつ)、少しお高くとまっているけれど、気のいい「オネエチャン」的キャラの清少納言だからこそ、この『桃尻語訳 枕草子』が成立しているんじゃないでしょうか。言葉は世相を映します。今、2008年現在の若者言葉で書いても、どこか貧相で、身分制度の上位にいる女房(キャリア)感は伝わってこないと思うのです。

本文は、原文をそのまま口語訳したものなので少し解りづらいところがありますが、清少納言「本人」による【註】や巻末の橋本治氏による解説が詳しく、時代背景や風俗などわかりやすく書かれています。


※本書には、『枕草子』原文は収録されていません。

評価:
---
新潮社
¥ 420
(2004-11)
Amazonランキング: 219084位
Amazonおすすめ度:
サブタイトルに関しては賛否両論あるみたいです。
私個人的には無いほうがいいと思いますが、このキャッチコピー”ナイフを持つまえにダザイを読め!!”に惹かれてこの本を手に取る方もいらっしゃるようなので、それはそれでなかなか心をつかむものなのかもしれません。(もしかしたら編集者は、このコピーにぐっとくる人に読んでもらいたいと思っているのかも)

巻頭のカラーページがあまりにカラフルで、一瞬怯みました(笑)
そのポップな写真に添えられているのは、太宰の作品の中から抜き出した言葉たち。


人に好かれる事は知っていても、
人を愛する事に於いては欠けているところがあるようでした。
(もっとも、自分は、世の中の人間にだって、果して、
「愛」の能力があるのかどうか、たいへん疑問に思っています)

(『人間失格』)



おやすみなさい。
私は、王子さまのいないシンデレラ姫。
あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか? 
もう、ふたたびお目にかかりません。

(『女生徒』)



など。

重松清氏と田口ランディ氏によるエッセイは一読の価値ありです。
とても熱い。
また、齋藤孝氏による「声に出して読みたいダザイ」は短い文章をピックアップして読むことで、その魅力をぐっと感じることができます。特に「走れメロス」のところが良かった。太宰の文章の持つエネルギーとその無茶苦茶加減が垣間見えて思わずクスっと笑ってしまいます。
「評伝 太宰治」も面白い。ただ、もう少し太宰の身の回りのこと(井伏鱒二や檀一雄など)について触れて欲しかったかな。
旅コラムなんかも充実しているので、作品を読む際のアクセントになると思います。
太宰ゆかりの地に是非行ってみたいと思いました。

評価:
太宰 治
角川書店
¥ 300
(2009-05)
Amazonランキング: 30274位
Amazonおすすめ度:

前エントリーで書ききれなかったので(笑)

「人間失格」は太宰の遺書的作品であるが、その最後の作品ではない。
筆も軽快で、道化でしか人と接することのできない自分を自嘲しているかと思えば、自分のことがかわいくてしょうがないのだろうと読み取れたりもする。それが太宰である。
太宰文学が好きな人間は、もちろん太宰の中に自分と似た部分を見出しているのだろうが、同様に太宰を嫌う人間もその中に自分とよく似た部分を見つけてしまうのだろう。
あるいは、太宰が嫌いな人の方がより太宰に似ているのかもしれない。


してその翌日(あくるひ)も同じ事を繰返して、
昨日に異(かわ)らぬ慣例(しきたり)に従えばよい。
即ち荒っぽい大きな歓楽(よろこび)を避(よ)けてさえいれば、
自然また大きな悲哀(かなしみ)もやって来ないのだ。
ゆくてを塞ぐ邪魔な石を
蟾蜍(ひきがえる)は廻って通る

 上田敏訳のギイ・シャルル・クロオとかいうひとの、こんな詩句を見つけた時、自分はひとりで顔を燃えるくらいに赤くしました。
 蟾蜍。
(それが、自分だ。世間がゆるすも、ゆるさぬもない。葬むるも、葬むらぬもない。自分は、犬よりも猫よりも劣等な動物なのだ。蟾蜍。のそのそ動いているだけだ)
 自分の飲酒は、次第に量がふえて来ました。高円寺駅附近だけでなく、新宿、銀座のほうにまで出かけて飲み、外泊する事さえあり、ただもう「慣例(しきたり)」に従わぬよう、バアで無頼漢の振りをしたり、片端からキスしたり、つまり、また、あの情死以前の、いや、あの頃よりさらにすさ荒んで野卑な酒飲みになり、金に窮して、シヅ子の衣類を持ち出すほどになりました。


演技を見抜かれることを恐れていた葉蔵は、上田敏訳のギイ・シャルル・クロオの詩にもこのように怯えている。ここで引用された詩句は第二連のみであるが、第三連以降は葉蔵の行動とは相容れず、ここにも彼の性質が伺えて面白い。葉蔵の「慣例(しきたり)」の破り方は丸っきり甘えであり、それが太宰本人と重なるのである。


しかし、君、もし本当に生きていたいなら、
その日その日に新しい力を出して、
荒れ狂う生(いのち)、鼻息強く跳ね踊る生(いのち)、
御せられまいとする生(いのち)にうち克たねばならぬ。
一刻も息(やす)む間の無い奇蹟を行ってこそ
乱れそそげたこの鬣(たてがみ)
汗ばみ跳(はず)むこの脇腹、
湯気を立てたるこの鼻頭(はなづら)は自由に出来る。
君よ、君の生(いのち)は愛の一念であれ、
心残りの錆(さび)も無く、
後悔の錆(さび)も無く、
鋼鉄の清い光に輝け。


この詩のタイトルは『世間のある人人には......』。
「世間とは個人じゃないか」という思想めいたものを持ち始めていた葉蔵が出会った「個人」以外の世間である。


世間。どうやら自分にも、それがぼんやりわかりかけて来たような気がしていました。個人と個人の争いで、しかも、その場の争いで、しかも、その場で勝てばいいのだ、人間は決して人間に服従しない、奴隷でさえ奴隷らしい卑屈なシッペがえしをするものだ、だから、人間にはその場の一本勝負にたよる他、生き伸びる工夫がつかぬのだ、大義名分らしいものを称(とな)えていながら、努力の目標は必ず個人、個人を乗り越えてまた個人、世間の難解は、個人の難解、大洋(オーシャン)は世間でなくて、個人なのだ、と世の中という大海の幻影におびえる事から、多少解放せられて、以前ほど、あれこれと際限の無い心遣いする事なく、謂わば差し当っての必要に応じて、いくぶん図々しく振舞う事を覚えて来たのです。


自分から敢えて幸福を遠ざけていく生き方は滑稽なようにも映るが、意外と多くの人間が持ち合わせているのではないだろうか。自己犠牲を払うことで恍惚たる自己満足を得るのと同時に。自分が今まさに不幸の深淵を覗きこんでいるような。落ちると理性ではわかっているものの、足を踏み外さずにはいられないような。そのような心理が、この「人間失格」全体に漂っているように思う。
太宰治とは、プライドの高い人間だったのだろうか。
どこまで落ちても、まだ本気ではない。ダメな部類の人間であると思う。


……あなたを見ると、たいていの女のひとは、何かしてあげたくて、たまらなくなる。……いつも、おどおどしていて、それでいて、滑稽家なんだもの。……時たま、ひとりで、ひどく沈んでいるけれども、そのさまが、いっそう女のひとの心を、かゆがらせる。


シヅ子の台詞である。
ダメな男に惚れるのは、昔からダメな女である。
恐らく。


三島由紀夫は太宰本人に面と向かって言った。
「僕は太宰さんの文学は嫌いなんです」


再度問う。
あなたは太宰が好きですか?




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