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天漢梶音聞孫星
与織女今夕相霜


(あまのがわ かじおときこゆ ひこぼしと
 たなばたつめと こよいあふらしも)



『万葉集』2029番


  *****


夜空は天の川によって東と西にわけられていて、天の川の東には天帝の娘で織女とよばれる美しい天女が住んでいました。織女は子供の頃から毎日機織りに精を出す仕事熱心な娘でした。織女の織る布はとても美しいもので、五色に光り輝き、季節の移り変わりと共に彩りを変える不思議な布でした。織女は皆がこの布を欲しがる様を見て、それが嬉しくてまたせっせと機を織り続けるのでした。

しかし、天帝は娘の働きぶりに感心をしつつも、年頃であるにも関らず化粧もせずに一日中機織りばかりをしている織女を不憫に思うようになりました。このままではお嫁にも行けないのではないかと心配をし、そこで天の川の西に住んでいる働き者の牽牛という牛飼いの青年と結婚をさせることにしました。こうして織女と牽牛の2人の新しい生活が始まったのです。

2人は結婚してとても幸せな生活を送っていました。ところが織女は牽牛との暮らしに夢中になるばかりで、それまであれだけ熱心にしていた機織りをすっかり止めてしまったのです。天帝もはじめは新婚だからということで2人の様子を大目に見ていました。しかしいつまでもそのようなありさまが続くので、天帝はついに腹を立ててしまい、2人を引き離してしまいました。

しかし、1度引き合わせた2人を引き離すのはあまりにもかわいそうだと考えた天帝は、1年に1度、7月7日の夜にだけ2人が会う機会を与えることとしました。それ以来、自分の行いを反省した織女は年に1度の牽牛との再会をはげみに、以前のように機織りに精を出すようになりました。

ところが2人が待ち焦がれる7月7日に雨が降る場合もあります。雨が降ると天の川の水かさが増してしまい織女は岸まで渡ることができなくなります。川下には上限の月がかかっていても、月の舟人は織女を対岸に渡してはくれません。そんな2人を見かねてか、どこからともなくかささぎの群れが飛んできて天の川にその翼で橋をかけ、織女を牽牛のもとへ渡す手助けをしてくれるのだそうです。




  *****




今日は七夕。
旧暦の頃はわかりませんが、太陽暦の現代、この時期は雨が多く降りますね。

織姫と彦星は6日の夜から7日の朝にかけて会えるんだそうですが、知ってました!?
考えてみればそれが妥当なんですけど(笑)

万葉集には130首を超える七夕の歌がありますが、上の一首はその中でも有名なもので、万葉集に収録されている七夕の歌の中で最も古いものだとかなんとか。。

「たなばたつめ」は織姫のことで、当時は「棚機津女」とも表記されていたようです。
「津」は助詞の「の」の意味ですので、「機織の女」といったところでしょうか。
「棚」は普段生活する場所よりも高いところ、神性を表します。

七夕神話は、飛鳥・奈良時代に中国から伝わったものとして有名ですが、日本にはそれ以前から機織りの巫女の民間伝承がありました。
村の災厄を除いてもらうために、村で一人娘を選び、神の一夜妻とさせるべく水辺の機屋で神の衣を織り、その降臨を待ちます。
神はその衣と村の穢れを持ち去る。

また古事記の天の安河の誓約の場面でも天照大御神が機屋にいるなど、機織り・天女・川辺等のキーワードが重なるところが多かったりします。
広く浸透していた風習だったこともあり、大陸からの七夕神話は受け入れやすかったのかもしれません。


ところで中国ではどのような伝承なのでしょうか?
「乞巧奠(きっこうでん)」という、女子の技芸の上達を願う行事があるそうですが。。

以前久留米の日本語学校で授業をしていたときに、学生から
「日本と中国に同じ祭りがあります」
と言われたことがあります。
彼女は七夕のことを言っていたのですが、
「たなばたですか?」
と聞いても「たなばた」という音がわからなかったようで、黒板に「七夕」と書くと、それだと言ってとても喜んでいました。
彼女は日本の七夕と中国のそれは少し違うと言っていましたが、知らない土地に来て、自国の文化を話したり、共通点を見つけたりすることは、ほんの少しでも安心感を与えるのかもしれません。


「ささのはさらさら〜」の歌の最後に出てくる「きんぎんすなご」の「すなご」。
私、最近まで何のことか知りませんでした(^ω^;)(;^ω^)
「すなご」とは「砂子」と書いて、細かい砂のようなものを指すのだそうですが、転じて金箔などを細かく粉状にしたものを蒔絵や襖に吹き付けた装飾のことをいうのだとか。
「きんぎんすなご」なら、天空の星たちが小さく輝いている様子を「砂子」に見立てたものということになります。

ちなみに笹の葉に願い事を書いた短冊をぶら下げる風習は江戸時代に始まったものだそうです。
七夕の行事自体は奈良時代くらいから始まっているので、比較的新しい文化ですね。
ちなみに平安時代までは相撲も七夕の行事の一つだったようです。


それでは、みなさま良い七夕の日を(*゜ー^*)ノ⌒☆

JUGEMテーマ:七夕


  • 2016.05.03 Tuesday
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